怒られない。叱られない。なのに、なぜか苦しい
難しい仕事は回してもらえない。定時になると、有無を言わさず「もう帰っていいよ」と言われる。ミスをしても、なぜか誰も強く指摘してこない。
一見すると、恵まれた職場です。パワハラも、長時間労働もない。それなのに、じわじわと苦しくなっていく。「このままでいいのか」「自分は必要とされているのか」という焦りだけが、毎日積み重なっていく。
これは、最近「ホワハラ(ホワイトハラスメント)」と呼ばれるようになった現象です。
正直に書きます。私はこれまで7回の転職を経験してきましたが、いわゆる「ホワハラ」を受けたと言えるほど典型的な経験はありません。不動産や運送、工場など、どちらかというと厳しめの現場が多かったからです。
ただ、一度だけ、それに近い感覚を味わったことがあります。前職は、それまでの現場とは違って、驚くほど落ち着いた、いわゆる「優しい」職場でした。強く当たられることもなく、無理な残業を求められることもない。それなのに、ある時期から、周りとの関係が少しずつぎこちなくなり、自分への接し方や任される仕事の内容が変わっていくのを感じました。
理由をはっきり説明されることもなく、ただ「気を遣われている」ような空気だけが残る。それが積み重なって、私は適応障害の診断を受けることになりました。当時は「叱られたわけでもないのに、なぜこんなに苦しいのか」と、自分でもうまく説明できませんでした。
この記事で紹介する「ホワハラ」と、当時の私の状況が完全に一致するとは言い切れません。ただ、「悪意のない配慮や距離感の変化が、じわじわと人を苦しくさせる」という感覚には、重なる部分があると思っています。今、優しい職場の中でモヤモヤしているあなたに、少しでも整理の材料を渡せたらと思います。
「ホワハラ」って何? パワハラとどう違うのか
先にはっきりさせておきたいのですが、「ホワハラ」は法律上の正式な言葉ではありません。造語であり、労働基準法にもパワハラ防止法にも「ホワハラ」という条文は存在しません。
ただし、内容によっては、厚生労働省が示すパワハラの6類型のうち「過小な要求」に該当し得ると考えられています。これは、業務上の合理的な理由もなく、能力や経験とかけ離れて程度の低い仕事しか与えない、あるいは仕事そのものを与えない、という行為です。
パワハラだと法的に認められるには、次の3つの要素をすべて満たす必要があるとされています(労働施策総合推進法)。
- 職場において行われる、優越的な関係を背景とした言動であること
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えていること
- 労働者の就業環境が害されていること
「ホワハラ」がこの3要素を満たすかどうかは、ケースによって判断が分かれます。悪意のない配慮からくる「仕事を与えない」状態は、パワハラと言い切れるものもあれば、そう言い切れないグレーゾーンのものもあります。「これって甘えなのか、それとも正当な悩みなのか」と自分を責める必要はありません。まずは「グレーゾーンの中にいる」と捉えるくらいがちょうどいいと思います。
なお、こうした「配慮のしすぎ」が広がった背景の一つとして、2020年6月に施行されたパワハラ防止法(正式名称:改正労働施策総合推進法、2022年4月からは中小企業にも適用)が挙げられることがあります。上司側が「パワハラだと言われたくない」という意識から、部下への指導や業務の割り振りに慎重になりすぎるケースがある、という指摘です。これはあくまで背景の一つであり、あなたの職場がそうだと断定するものではありません。
数字で見る「ホワハラ」。あなたの感覚は間違っていない
「こんな悩み、贅沢なのかな」と思う人もいるかもしれません。ですが、同じように感じている人は、実際に一定数存在します。ここでは出典が異なる2つの調査を、混同しないように分けて紹介します。
エン・ジャパン「エン転職」の調査(2026年7月1日〜8月2日実施、回答1,385人、8月21日発表)
- 転職サイト登録者のうち、15%が「ホワハラを受けた経験がある」と回答
- 経験者に内容を複数回答で聞くと、「仕事を任せない」が61%で最多。次いで「強制的な定時退社」34%、「フィードバックの回避(ミスしても注意せず、指導を避けられた)」22%
- 「自分がホワハラを受けた場合、転職を検討するきっかけになる」と答えた人は41%。20代では45%と、若い層ほど高い傾向
- 「ホワハラを理由に転職を検討する」という考え方に同意できると答えた人は57%。20代では66%
この調査で私が特に注目したのは、次の数字です。
職場の環境が「良い」と感じている割合は、ホワハラを受けたことがある人では42%にとどまっていた
つまり、外から見れば「ホワイトな職場」に見えていても、当事者はそう感じていないということです。「恵まれているはずなのに苦しい」というあなたの感覚は、データの上でも裏付けられています。
マイナビの調査(中途入社1年以内の社員が対象。2025年12月18〜25日実施、回答1,446人、2026年4月発表)
- 13.6%が「ホワハラの経験がある」と回答(※上記エン転職調査とは別の調査・別の対象者です)
- 「ホワハラ」という言葉自体は56.9%が「聞いたことがある」と回答。年代別では30代が最も高く60.7%
- ホワハラ経験者のうち「今後1年以内に転職したい」と答えた人は71.4%。未経験者の48.1%を23.3ポイント上回る
この2つの調査は対象者も時期も違うので、単純に足し引きして語れるものではありません。ただ、共通して言えるのは「ホワハラを経験した人ほど、転職を考える割合が高い」ということです。理由は多くの場合「成長したいから」であり、決してわがままではないと私は思います。
辞める前に、まずやっておきたいこと
いきなり退職を切り出す前に、できれば整理しておきたいことがあります。
ただ、その前に一つだけ。もし今、朝起きるのがつらい、涙が止まらない、体が動かないというところまで来ているなら、順番はここで書くことより先に「休む」ことを優先してください。ホワハラは暴言や怒鳴り声のような分かりやすい攻撃がない分、「これくらいで休んでいいのか」と自分を後回しにしてしまいがちです。心や体の限界は、本人が一番気づきにくいものだと思います。まずは心療内科や、会社の産業医、あるいは後述する労働局の窓口に、率直に「しんどい」と伝えることを選択肢に入れてください。
その上で、少し動けそうなときに、以下を試してみてください。
① 何が起きているか、事実を書き残しておく
「なんとなくモヤモヤする」だけでは、後で自分自身も状況を説明しづらくなります。「いつ、どんな仕事を頼んだら断られたか」「1on1でどう言われたか」を、日付つきで簡単にメモしておくと、後々自分の頭を整理するのにも、誰かに相談するときにも役立ちます。
② 一度、上司や人事に「本音」を伝えてみる
言いにくいのは分かります。ただ、「もっと難しい仕事を任せてほしい」「定時退社を強制でなく選べるようにしてほしい」と伝えることで、状況が変わるケースもゼロではありません。伝えた上でそれでも変わらないなら、それはそれで「辞める」という判断の材料になります。
③ 会社の外の相談先も選択肢に入れる
社内で言いづらい場合は、労働局の「総合労働相談コーナー」のような公的な窓口を利用する方法もあります。無料で、中立的な立場から話を聞いてもらえます。一人で抱え込まず、外の意見を聞いてみるのも悪くありません。
そして大前提として、法律上、退職はあなたの意思だけで進められるものです。民法627条では、労働者はいつでも辞職を申し出ることができ、原則としてその2週間後に契約が終了するとされています。会社が退職を「承認」しなかったとしても、それだけで雇用契約が続くわけではありません。
就業規則に「退職は1ヶ月前に申し出ること」といった規定がある会社も多いですが、こうした規定が常にそのまま有効とは限らないというのが、裁判例の基本的な方向性とされています。ここは会社ごと・状況ごとに解釈が分かれる部分でもあるため、不安な場合は専門家に確認することをおすすめします。
「辞める」を決めたら知っておきたい退職の進め方
自己都合と会社都合の違いには、過度な期待を持たないほうがいい
パワハラが原因で退職した場合、要件を満たせば「特定受給資格者」として会社都合退職に近い扱いになり、失業保険の給付制限がなくなったり、給付開始が早まったりする可能性があります。
ただし、ここは誤解が広がりやすい部分でもあります。たとえば「同僚2〜3人の証言を集めてハローワークに申し立てれば、会社都合に変更できる」といった情報を見かけることがありますが、実際にはそう単純に変更できるわけではない、という弁護士の指摘もあります。ホワハラは「悪意のない配慮」から生まれることが多く、典型的なパワハラ(暴言や無視など)に比べて、被害の立証が難しくなりやすい可能性もあります。この点は明確なデータで確認できたわけではないので、あくまで可能性としてお伝えします。
「会社都合になるはず」と決めつけて動くのではなく、記録を残した上で、必要ならハローワークや専門家に個別に相談する、という進め方が現実的だと思います。
失業保険の給付制限については、2025年4月の法改正で自己都合退職の場合は原則1ヶ月に短縮されました。詳しい仕組みは、こちらの記事でまとめています。
自分で言い出しにくいときは、退職代行という選択肢もある
帝国データバンクの2025年10月の調査によると、退職代行サービスを提供する事業者は全国に少なくとも52法人あり、そのうち民間運営が約6割、弁護士法人運営が3割強、残りが労働組合運営とされています。料金の平均は2万9,410円で、弁護士法人運営は約4万4,700円、民間運営は約2万2,500円が目安です。事業者の75%は設立から10年以内と、比較的新しい業界でもあります。
ここで一つ、はっきりお伝えしておきたいことがあります。このサイトで紹介できるのは「弁護士運営」か「労働組合運営」の退職代行に限ります。 民間企業運営の退職代行は、会社との「交渉」を行うことができません。これは弁護士資格を持たない者が法律事務を行うことを禁じる法律(非弁行為の禁止)があるためで、民間の退職代行はあくまで「辞める意思を伝える」ことしかできないとされています。
実際、大手の退職代行業者の一部で、資格のない行為が問題視され、捜査の対象になった事例が報道されたこともあります。安さや知名度だけで選ぶのではなく、「誰が運営しているか」を必ず確認してから使うことをおすすめします。
- 労働組合運営:相場2万5,000〜3万円。団体交渉権に基づき、有給消化や退職日について会社と交渉できる。ただし訴訟や慰謝料請求までは対応不可
- 弁護士運営:相場5万〜10万円。交渉に加え、未払い賃金請求や法的トラブルへの対応まで可能
退職代行の利用自体は、もう珍しいものではありません。マイナビの2024年調査では、直近1年で転職した人の16.6%が退職代行を利用したと回答しており、パーソル総合研究所の2025年調査では、離職者全体の5.1%が利用経験ありと回答しています(対象範囲が異なる別々の調査です)。「自分で言えないなんて情けない」と思う必要はありません。
運営元ごとの違いをもう少し詳しく比較した記事も用意しているので、実際に使うかどうか迷っている方はあわせて読んでみてください。
ホワハラを抜けた先で、同じ罠にハマらないために
ここが、この記事で一番伝えたいことかもしれません。
ホワハラで悩んだ人が転職活動をするとき、多くの場合「今度こそ、任せてもらえる職場に行きたい」と考えます。それ自体は正しい方向だと思います。ただ、注意したいのは、「残業がない」「人間関係が穏やか」といった条件だけで会社を選ぶと、また同じように「優しいけれど任せてもらえない職場」に着地してしまう可能性があることです。
「ホワイトかどうか」だけでなく、「裁量があるかどうか」を面接や求人票で確認する視点を持つと、次の職場選びの精度が上がります。たとえば、こんな観点です。
- 入社1年目で、どこまでの業務を任せてもらえるのか(試用期間中に権限がどれだけ絞られるか)
- 面接官が「裁量がある」「任せます」と言うとき、具体的にどんな業務を指しているか(抽象的な言葉だけで終わっていないか)
- 同じポジションの先輩社員が、実際にどんな仕事をしているか(配属後に「思っていたより簡単な仕事しかない」というギャップがないか)
こうした質問は、面接の場では聞きにくいかもしれません。ですが、「成長機会を大事にしたいので」と前置きすれば、決して失礼な質問にはならないと思います。
もう一つ、私が身をもって思うのは、職場の「優しさ」に頼りきらず、自分自身のスキルや専門性を育てておくことの大切さです。任せてもらえるかどうかは、ある程度は会社側の事情や文化に左右されます。ですが、自分が「これができます」と言えるものを持っていれば、たとえ次の職場でも同じような空気に当たったとしても、選択肢を自分の手元に残しておけます。
辞めた後にどう動くか、スキルアップをどう始めるかについては、別の記事で具体的にまとめています。
まとめ:優しさに苦しむのは、わがままではない
怒られないのに苦しい。恵まれているはずなのに、焦りだけが積み重なる。この感覚は、説明しづらいぶん、一人で抱え込みやすいものです。
でも、データを見れば、同じように感じている人は確実に存在します。そして、環境が「良い」と感じられていないのは、あなたの受け取り方の問題ではなく、実際にそういう状態にあるからです。
まずは事実を記録すること。可能なら、上司や人事に本音を伝えてみること。それでも変わらないなら、辞めるという選択も十分に正当です。
そして何より、もし今、心身に不調が出ているなら、判断や手続きより先に休むことを選んでください。優しい職場だからこそ、限界に気づきにくい。私自身、そこで一度、大きくつまずきました。
あなたが感じている違和感は、わがままではありません。
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