「来年度も続けますか?」その一言が、こんなに重いとは
秋から冬にかけて、園長先生や主任から「来年度も続けますか」と聞かれる時期がやってきます。
アンケート用紙を渡されただけなのに、手が止まってしまう。そんな経験はありませんか。
「続けます」と書けば、このままあと1年、同じ環境で頑張ることになる。かといって「辞めます」と書く勇気もない。しかも、まだ年度は半分近く残っている。今すぐ動いていいのか、それとも年度末まで待つべきなのか。誰に相談しても「もう少し頑張ったら」としか言われない。
今回のテーマについては、私自身が保育や幼稚園の現場に立った経験はありません。ですので体験談というより、公的なデータと法律の整理を中心にお伝えします。ただ、私は7回の転職のなかで、辞めると決めてから実際に伝えるまでに、毎回時間がかかってきました。「言い出せないまま時間だけが過ぎていく感じ」は、少し分かるつもりです。
この記事では、意向調査がなぜこの時期にあるのか、年度末まで待たなければいけないというのは本当に法律上の決まりなのか、そして年度末まで待つべきか・今動くべきかを考えるときの判断基準を整理していきます。
なぜこの時期に聞かれるのか|意向調査のしくみ
保育園や幼稚園が行う「意向調査」は、来年度の人員配置やクラス編成を決めるために行われるものです。
次年度の体制を組むには、新しく人を募集する期間が必要です。そのため、年度末ぎりぎりではなく、秋から冬にかけて行う園が多いようです。紙のアンケート、オンラインのフォーム、園長や主任との面談など、やり方は園によってさまざまです。
つまり、この時期に聞かれるのは、あなたの気持ちを試しているわけではなく、園が「人を集める期間」を確保したいからです。園側の事情だと分かると、少し気持ちが軽くなる方もいるかもしれません。
一方で、ここで「続けます」と答えると、そのまま来年度の体制に組み込まれていきます。意向調査の紙を前にしたときの迷いは、決して小さな問題ではありません。
年度末まで待つべき? 法律が決めているわけではありません
「保育士は年度末まで辞められない」というのは、現場でよく言われる話です。ですが、これは法律上の義務ではなく、多くの場合は園の就業規則や、業界の慣習によるものです。この違いを知っておくことには意味があります。
無期雇用(正職員など)の場合
雇用期間の定めがない働き方であれば、民法627条1項により、労働者はいつでも退職の申し入れをすることができ、申し入れから2週間が経過すると雇用契約は終了するとされています。
就業規則に「退職は1か月前までに申し出ること」と書かれている園は多いですが、法律上は原則として民法の規定が優先されると考えられています。とはいえ、円満に辞めたい場合は、就業規則の期限に合わせて伝えるのも一つの方法です。
有期雇用(1年ごとの契約など)の場合
私立の園では、1年ごとに契約を更新する有期雇用で働いている人もいます。
有期契約の場合、民法628条により、「やむを得ない事由」があれば契約期間の途中でも契約を解除できるとされています。ただし、その事由が自分の過失によって生じたものであれば、損害賠償の責任を負う可能性があるとされています。
なお、労働基準法137条により、契約期間が1年を超える有期契約であれば、働き始めて1年が過ぎた後はいつでも退職を申し出ることができます(一部の専門職などを除く)。契約期間がちょうど1年の場合はこの規定の対象にならないため、まずは自分の契約書で契約期間を確認し、迷う場合は労働局の総合労働相談コーナーなどに聞いてみるのが確実です。
公立の園で働いている場合
公立の保育園や幼稚園で働く保育士・幼稚園教諭は、地方公務員です。退職の手続きは民法ではなく、勤め先の自治体の規則に沿って進むため、ここまでの説明がそのまま当てはまらない部分があります。会計年度任用職員として働いている場合も含めて、まずは任用通知書や自治体の規則を確認してください。
「損害賠償を請求される」はどこまで本当か
退職をめぐって損害賠償が認められた裁判例は、ほかの業種ではあります。たとえば知的財産高等裁判所の平成29年9月13日判決では、引き継ぎを一切しないまま連絡を絶って姿を消した従業員に、480万円の賠償が命じられました。ただ、これは「辞めたこと」そのものではなく、引き継ぎを放棄して連絡を絶ったことが問題にされた事案です。
反対に、引き継ぎをせずに退職した元従業員に会社が約1,270万円を請求したプロシード元従業員事件(横浜地裁平成29年3月30日判決)では、請求は認められず、逆に会社に110万円の支払いが命じられています。会社が損害賠償を認めてもらうには、どんな損害がいくら出たのかを会社の側が示す必要があり、そのハードルは低くありません。
「辞めたら訴えられるかもしれない」という不安は、実際の可能性よりも大きく膨らんでしまいがちです。できる範囲の引き継ぎをしたうえで、不安なまま抱え込むより、一度専門家に話を聞いてもらうほうが、気持ちは楽になります。
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それでも年度途中に動く人がいる理由
こうした法律の整理を踏まえたうえで、それでも年度途中で辞める人は実際にいます。その背景には、保育業界の数字もあります。
厚生労働省の資料「保育士の現状と主な取組」によると、平成29年(2017年)の常勤保育士の離職率は全体で9.3%でした。運営主体別に見ると、公営が5.9%、私営が10.7%で、私営のほうが高くなっています。
辞めた理由として最も多いのは、職場の人間関係です。東京都の「保育士実態調査」(令和5年度)では、過去に保育士として働いていた人の退職理由(複数回答)は、「職場の人間関係」が31.5%で最も多く、「仕事量が多い」(23.1%)、「給料が安い」(22.1%)が続きました。少人数のチームで毎日顔を合わせる職場では、一度こじれた関係を年度の途中で立て直すのが難しい、という事情もあるのかもしれません。
求人の状況を見ると、保育士はいまも人手不足の職種です。こども家庭庁の資料(厚生労働省「職業安定業務統計」より)によると、令和7年7月時点の保育士の有効求人倍率は全国で2.77倍、東京都で4.28倍でした。全職種の平均(全国1.18倍、東京都1.69倍)を大きく上回っています。「辞めたら次が見つからない」という不安は、少なくとも数字の上では当てはまりにくい状況です。
なお、幼稚園教諭の免許については、教員免許の更新制が2022年(令和4年)7月1日に廃止されています。この日の時点で有効だった免許状は、手続きなしで有効期限のない免許状になりました。それより前に期限が切れて失効した免許状は、都道府県の教育委員会に再授与を申請する必要があるので、心当たりがある人は確認しておくと安心です。
判断基準:年度末まで待つ vs 今動く
ここまでの情報を踏まえて、年度末まで待つべきか、今動くべきかを考えるときの目安を整理します。どちらが正解ということはなく、自分の状況に照らして考えてみてください。
年度末まで待つことを検討したほうがよいケース
- 契約が1年単位の有期契約で、更新時期がもうすぐ来る
- 今の職場との関係は悪くなく、円満に引き継ぎをしたい気持ちがある
- 心身の状態は、あと数か月であれば持ちこたえられそうだと感じる
- 転職先をじっくり探す時間が欲しい
年度途中でも動くことを検討してよいケース
- 心身の不調が出ていて、「あと数か月」が持たないと感じる
- ハラスメントなど、関係改善が見込めない問題が起きている
- 無期雇用で、民法上はいつでも退職の申し入れができる状態にある
- 求人倍率の高さを踏まえると、転職活動を先延ばしにする理由が薄い
特に心身の不調がある場合は、「年度末まで待つのが礼儀」という考え方よりも、自分の状態を優先してよい場面です。こころの耳(厚生労働省の働く人のメンタルヘルスに関するポータルサイト)や、お住まいの地域の労働局にある総合労働相談コーナーなど、無料で相談できる窓口もあります。まずは話を聞いてもらうところから始めても構いません。
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言えない時の選択肢
「法律上はいつでも辞められる」と分かっても、実際に園長先生の前で切り出すのは、また別の怖さがあります。特に保育・幼稚園の現場は人数が少なく、顔を合わせる機会も多いため、「辞めます」の一言を言い出せないまま時間だけが過ぎていく、ということが起こりがちです。
どうしても自分の口から言えない場合は、退職代行という選択肢もあります。ただし、退職代行には弁護士が運営するもの、労働組合が運営するもの、民間企業が運営するものがあり、法的にできる範囲が異なります。
有給消化や退職日の調整など、会社との交渉ができるのは、弁護士か労働組合が運営するサービスに限られます。民間企業が運営するものは、退職の意思を伝えることしかできません。料金の目安として、帝国データバンクの調査(2025年10月)では、退職代行サービスの平均料金は約2.9万円で、民間経営は約2.25万円、弁護士法人は約4.47万円でした。申し込む前に、最新の料金を確認してください。
有期契約の途中で辞める場合は、「やむを得ない事由」があるかどうかをめぐって、会社とのやり取りが必要になることがあります。その可能性があるなら、法律事務全般に対応できる弁護士が運営するサービスを選んでおくと安心です。申し込むときは、自分の契約形態(無期か有期か、公立か私立か)を最初に伝えて相談してみてください。
よくある不安・Q&A
Q. 意向調査で「来年度も続けます」と答えてしまいました。今から撤回してもいいですか?
意向調査は、園が人員計画を立てるための確認で、一般的には雇用契約そのものではありません。気持ちが変わった場合、改めて相談することはできます。ただし、園側の人員配置にすでに影響している可能性もあるため、早めに伝えるほうが、お互いにとって負担が少なくなります。
Q. 年度途中で辞めると、現場に迷惑をかけすぎるのではと不安です。
少人数で回している現場ほど、一人欠けた影響は大きく感じられます。だからこそ、引き継ぎ資料を作るなど、できる配慮をしたうえで伝えることが、気持ちの面でも助けになります。ただし、迷惑をかけることへの不安と、自分の心身を守ることは、本来は別の問題として考えてよいものです。
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Q. 有期契約でも、就業規則の「1か月前ルール」に従わないといけませんか?
有期契約の途中解約は、民法628条の「やむを得ない事由」が関わってくるため、無期雇用のケースとは考え方が異なります。契約期間や契約書の内容によって結論が変わる可能性があるため、迷う場合は総合労働相談コーナーなど、公的な窓口に契約書を見せながら相談するのが確実です。
まとめ
「来年度も続けますか」というたった一言が、こんなに重く感じられるのは、あなたが責任感を持って仕事と向き合ってきた証拠でもあります。
年度末まで待つことも、年度途中で動くことも、どちらも間違いではありません。大切なのは、「待たなければいけない」という思い込みと、「法律上できること」を切り分けて考えることです。
もし今、心身がすでに限界に近いと感じているなら、まずは休むこと、そしてこころの耳や総合労働相談コーナーのような窓口に話を聞いてもらうことを、最初の一歩にしてみてください。転職のタイミングをじっくり考えたい方は、保育・幼稚園以外の選択肢も含めて情報を集めてみるのもひとつの方法です。
あなたのペースで、少しずつ動き出していけば大丈夫です。
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