育休を取ったら、なぜか居場所がなくなった
育休から戻ってきたら、机の場所が変わっていた。任されていた仕事が、いつの間にか別の人に回っていた。上司からの「休みを取るなら、覚悟はできてるよね」という無言の圧が、ずっと頭から離れない。
そんな状態で「辞めたい」と思うのは、甘えでも大げさでもありません。
私自身は、パタハラを受けた経験はありません。ただ、転職を7回繰り返してきた中で痛感したのは、職場の空気に無理に合わせ続けると、心のほうが先に壊れるということです。パタハラやマタハラも、形は違っても根っこは同じだと感じています。「制度を使っただけなのに、なぜか居場所を失う」という理不尽さです。
この記事は、私の体験談ではなく、公的な統計や法律を一つひとつ確かめながら、今の状況を「我慢すべきもの」にしないための材料をまとめたものです。今まさに苦しい思いをしている方に、判断の軸と、次の一歩の選択肢を届けられればと思います。
パタハラ・マタハラとは何か、どこからが法律違反になりうるのか
パタハラ(パタニティハラスメント)は、男性が育児休業や時短勤務、子の看護等休暇といった育児に関する制度を利用しようとしたり、実際に利用したりしたことを理由に、上司や同僚から嫌がらせや不利益な扱いを受けることを指します。マタハラの男性版、という説明のされ方をすることが多い言葉です。
実際に、どれくらいの人が経験しているのか。厚生労働省の委託でPwCコンサルティング合同会社が行った「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」(2024年1月実施、2024年3月報告書)では、過去5年間に勤務先で育児に関わる制度を利用しようとした男性500人のうち、24.1%が育児休業等に関するハラスメントを受けたと答えています。約4人に1人です。
受けた内容としては「制度の利用を妨げる言動」が最も多く、「継続的な嫌がらせ」「不利益な配置変更」が続きます。「休みを取るなら、次の昇進はないと思え」といった圧力は、決して珍しい話ではないということです。
法律では、どう定められているのでしょうか。女性の妊娠・出産については、男女雇用機会均等法9条3項が、妊娠・出産・産前産後休業などを理由とする解雇その他の不利益な扱いを禁止しています。さらに9条4項では、妊娠中と出産後1年を経過しない女性労働者への解雇は、会社が妊娠・出産などを理由とする解雇ではないと証明しない限り無効とする、という強い規定もあります。11条の3では、妊娠・出産などに関するハラスメントが起きないよう防止措置を講じることを、会社に義務付けています。
育児休業や時短勤務など、育児のための制度の利用については、男女を問わず育児・介護休業法が対応しています。第10条で、育児休業の申出や取得を理由とした解雇その他の不利益な扱いを禁止し、第25条で、育児休業などに関するハラスメントを防ぐために、相談体制の整備などの措置を講じることを会社に義務付けています。
ここで知っておきたいのが、行政の考え方です。妊娠・出産・育児休業などの事由が終わってから1年以内に不利益な扱いがあった場合、原則として「その事由を契機とした扱いだ」と判断される、という行政解釈があります。つまり、育休から復帰して1年以内に急に評価が下がったり、仕事を外されたりした場合、それは偶然ではなく「育休が契機だった」とみなされやすい、ということです。
ただし、例外もあり、個別の事情によって判断が変わる部分も多くあります。「これはパタハラ・マタハラに当たるはず」と思ったら、後の章で触れる相談先で、実際の状況に照らして確認してみることをおすすめします。
その「我慢」を続ける前に、確かめておきたいこと
パタハラ・マタハラの厄介なところは、わかりやすい暴言よりも、じわじわとした「仕事外し」の形で現れることが多い点です。
- 復帰したら、以前よりも責任の軽い仕事ばかり回ってくる
- 会議や重要な打ち合わせに呼ばれなくなった
- 昇進・昇格の話が、育休前はあったのに立ち消えになった
- 「時短なんだから」「育休明けなんだから」と、評価の場面でだけ理由にされる
こうした状態は「マミートラック」(キャリアの本流から外され、昇進の見込みが薄い仕事に固定されること)と呼ばれ、男性でも似たことは起こります。本人は「育児があるから仕方ない」と自分を納得させてしまいがちですが、制度を使ったことそのものが評価や配置に不利益をもたらしているなら、それは個人の問題ではなく、会社側の対応の問題です。
2025年には、育児・介護休業法の改正が段階的に施行されました。2025年4月には、子の看護等休暇の対象拡大(小学校3年生修了まで)、残業免除の対象拡大(小学校就学前まで)、3歳未満の子を育てる人のテレワークの努力義務化、育児休業取得状況の公表義務の対象拡大(従業員300人超の企業)などが盛り込まれました。さらに2025年10月からは、3歳から小学校就学前の子を育てる労働者について、フレックスタイムや時差出勤、テレワーク、短時間勤務制度などの5つの選択肢から2つ以上を制度化することが、すべての企業に義務付けられています。同じく10月からは、妊娠・出産の申出があったときなどに、仕事と育児の両立について本人の意向を個別に聞き、配慮することも義務になりました。
つまり、今は「育児との両立を会社が後押しする」ことが、これまで以上にはっきりと法律上の義務になっている時期です。それでもなお干されている、嫌がらせを受けている、という場合は、会社の対応が制度の趣旨からずれている可能性が高いと言えます。
男性の育児休業そのものも、かつてに比べて一般的になっています。厚生労働省の「令和7年度雇用均等基本調査」(2026年7月31日公表)によると、男性の育児休業取得率は50.9%で、前年度の40.5%から10.4ポイント上昇し、過去最高を記録しました。育休を始めた男性のうち、産後パパ育休(出生時育児休業。子の出生後8週間以内に通算4週間まで、2回に分けて取得できる制度で、2022年10月に始まりました)を取得した人は58.3%でした。
一方で、同じ調査で取得期間を見ると、男性は「1か月〜3か月未満」が30.3%、「2週間〜1か月未満」が28.0%と、短期間での取得が中心です。女性で最も多いのは「12か月〜18か月未満」(31.4%)で、次いで「10か月〜12か月未満」(28.7%)となっており、取得期間には大きな開きがあります。制度は使われ始めているけれど、男性が長く休むことへの職場の抵抗感は、まだ残っているとも読み取れます。
もし今、「これはパタハラ・マタハラかもしれない」と感じているなら、次のことを記録しておくと、この先の相談や手続きで役に立ちます。
- いつ、誰に、どんなことを言われたか(日付・発言内容を具体的に)
- 制度利用の前後で、仕事内容や評価がどう変わったか
- 同じ場にいた同僚など、証言してくれそうな人の有無
- 心身の不調があれば、通院記録や診断書
記録は、後から「言った・言わない」にならないための備えです。感情的な日記というより、事実を淡々と残しておくイメージで大丈夫です。
関連記事:診断書を出しても動かない会社へ
残る・交渉する、という選択肢も整理しておく
「辞めたい」と思っても、辞める以外の道がないわけではありません。むしろ、辞める決断をする前に、一度は目を通しておきたい選択肢です。
社内の相談窓口
会社にハラスメント相談窓口があれば、まずはそこに相談する方法があります。均等法や育児・介護休業法は、こうした相談体制の整備を会社の義務としているので、窓口自体がない場合は、会社が法律上の義務を果たしていない可能性があります。
労働局の雇用環境・均等部(室)
会社に言いづらい、言っても変わらないと感じる場合は、各都道府県の労働局にある雇用環境・均等部(室)に相談する方法があります。相談は無料で、労働局長による助言・指導・勧告や、第三者の委員による調停といった、紛争解決の手助けを受けられる場合があります。強制力には限りがありますが、会社への行政からの働きかけになります。
弁護士・法テラス
慰謝料請求や、会社との交渉、場合によっては訴訟まで見据えるなら、労働問題に詳しい弁護士への相談が現実的な選択肢です。法テラスでは、収入などの条件を満たせば無料相談や費用の立て替え制度も利用できます。
慰謝料については、パタハラ・マタハラそのものの程度、会社の対応、心身への影響など、個別の事情によって金額が大きく変わります。金額ありきで動くというより、まずは状況の記録を整えたうえで、弁護士や法テラスに実際の状況を見てもらい、現実的な見通しを聞くところから始めるほうが、気持ちの上でも落ち着けると思います。
それでも辞めたいと思ったときの、伝え方と動き方
相談窓口に話をしても対応が変わらない、あるいは心身がすでに限界に近い。そういう状態なら、辞めるという選択も、決して逃げではありません。制度を使っただけで居場所を奪われるような職場に、これ以上自分を合わせ続ける必要はないはずです。
退職は、本来は労働者の権利です。とはいえ、実際に「辞めます」と伝える段になると、話が別です。パタハラ・マタハラを受けている状況では、上司との関係がすでにこじれていることが多く、「辞めたい」と切り出すこと自体に強い抵抗を感じる方も少なくありません。「言い返したら、もっと評価が下がるのではないか」「辞めると言ったら、何をされるかわからない」という不安が先に立つのも、自然なことだと思います。
私自身、辞めると決めてから実際に伝えるまで、毎回時間がかかりました。7回転職しても、「辞める」という言葉を口にするのは簡単ではありませんでした。
どうしても言い出せない時の選択肢
直属の上司に直接伝えるのがどうしても難しい、あるいは話をしても取り合ってもらえない、という場合は、退職代行というサービスを使う方法もあります。
ただし、退職代行であればどこでもよい、というわけではありません。会社との交渉(有給消化の調整や未払い分の話など)が必要になる可能性がある以上、利用するなら弁護士が運営しているサービスか、労働組合が運営しているサービスを選ぶことをおすすめします。民間企業が運営する退職代行は、法律上「交渉」にあたる行為ができないため、会社側から強い抵抗を受けた場合に対応しきれないことがあります。
退職代行を使う場合も、これまで触れてきた記録(発言の内容、日付、仕事内容の変化など)は手元に残しておくと安心です。退職そのものはスムーズに進められても、後になって未払いの手当や慰謝料の話が出てきたときに、記録があるかどうかで状況が変わってきます。
よくある不安・Q&A
Q. パタハラ・マタハラだと証明できないと、辞められないのでしょうか。
そんなことはありません。退職するかどうかに、ハラスメントの証明は必要ありません。期間の定めのない雇用であれば、民法上、退職を申し入れてから2週間で雇用契約は終わります(契約社員など期間の定めがある場合は、条件が変わります)。証明の有無が関わってくるのは、慰謝料請求など、会社の責任を問いたい場合です。辞めること自体と切り離して考えて大丈夫です。
Q. 辞めたら、育児休業給付金はどうなりますか。
育児休業給付は、休業の後に職場へ戻ることを前提にした制度です。育休を始める時点ですでに退職が決まっている場合は、支給の対象になりません。一方、受給中にやむを得ず退職することになった場合は、2025年4月以降、退職日までが支給の対象とされる取り扱いになっています。退職のタイミングによって扱いが変わるので、自己判断せず、事前にハローワークや会社の担当部署に確認しておくことを強くおすすめします。
Q. 転職しても、また同じことが起きないか不安です。
確実な予防策はありませんが、転職活動の段階で、育児との両立の実績を確認できる会社は増えています。従業員300人超の企業には育児休業取得状況の公表が義務付けられているので、まずは公表されている数字を見てみるのも一つの方法です。実際に育休を取った社員がいるかどうかを面接で聞いてみることも、今は以前より不自然に受け取られにくくなっています。
まとめ
育休を取っただけで、あるいは育児のために制度を使っただけで、居場所を奪われるような扱いを受ける。それは、あなたが何か間違ったことをしたからではありません。法律は、はっきりとそれを禁止しています。
とはいえ、「法律がこう言っているから、すぐに動きましょう」と言われても、実際の心と体はそう単純には動かないものです。まずは今の状況を記録すること、そして一人で抱え込まず、社内の窓口でも、労働局でも、弁護士でも、話せる場所に声を出してみること。それだけでも、十分に一歩です。
もし心や体がすでに悲鳴を上げているなら、辞め方を考えるより先に、少し休むことを優先してください。厚生労働省の「こころの耳」(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)には、電話やSNSで相談できる窓口もあります。
あなたが今いる場所で、これ以上自分をすり減らさなくていいように。この記事が、その判断の後押しに少しでもなれば嬉しいです。
この記事は、運営者ポン太の実体験をもとに書いています。法律や制度に関する内容は執筆時点の情報であり、個別のケースについては専門家や公的機関にご確認ください。また、当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。
