入社してまだ数日、あるいは初日を迎えたばかりなのに、もう「辞めたい」と思っている。そんな自分を責めていませんか。
私自身は、退職代行を使ったことはありません。初めて正社員として働いた会社を辞めるときは、強い罪悪感がありました。当時はまだ、退職代行というサービスもほとんど知られていませんでした。
この記事では、公的な統計や退職代行事業者の公表データ、企業側の調査結果をもとに、新卒・入社直後に退職代行を使うことについて整理していきます。感覚や印象ではなく、できるだけ数字と事実で考えられるようにまとめました。
新卒・入社直後の「辞めたい」は、思っているより珍しくありません
まず知っておいてほしいのは、入社してすぐに辞めたいと感じる新卒は、決して少数派ではないということです。
退職代行サービス「モームリ」を運営する株式会社アルバトロスの公表によると、2024年度にこのサービスを利用した新卒社員は1,814人でした。月別では、ゴールデンウィーク明けの5月が298人で最も多く、入社から数か月以内の利用が目立っています。2025年4月7日には、1日で新卒42人の利用があったと報じられました。いずれも1社の自社データですが、入社直後に退職を考える人が一定数いることは読み取れます。
もう少し長い目で見ると、厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況」(2025年10月公表)では、2022年3月に大学を卒業して就職した人のうち、33.8%が3年以内に離職していました。「石の上にも三年」という言葉が今も使われる一方で、実際には3人に1人ほどが3年以内に職場を離れています。
こうした数字を知ると、「自分だけが逃げている」という感覚は、少し軽くなるのではないかと思います。
なぜ退職代行を使う人がいるのか
入社直後の離職には、本人の我慢が足りないという単純な話では説明できない背景があります。
マイナビが2024年10月に公表した「退職代行サービスに関する調査レポート」(2024年7月調査)では、2023年6月以降に転職した正社員のうち16.6%が、前職の退職で退職代行を利用したと答えています。年代別では20代が18.6%で最も高くなっていました。利用した理由で最も多かったのは「退職を引き留められた(引き留められそうだ)から」の40.7%で、「自分から退職を言い出せる環境でないから」の32.4%、「退職を伝えた後トラブルになりそうだから」の23.7%が続きます。
つまり、辞めたい気持ちそのものよりも、「言い出した後にどうなるか分からない怖さ」が、多くの人を立ち止まらせているということです。これは新卒であっても、何年も働いてきた人であっても、同じように当てはまります。
法律的には、入社初日でも退職はできる
ここで整理しておきたいのが、法律上の原則です。
民法627条1項は、期間の定めのない雇用契約について、労働者はいつでも解約の申し入れができ、申し入れの日から2週間が経つと雇用契約が終了すると定めています。会社の同意がなくても退職はできる、というのが基本的な考え方です。試用期間中や研修中であっても、この原則は変わりません。
ただし、注意しておきたい点が2つあります。
1つ目は、正社員のような期間の定めのない契約と、契約社員のような期間の定めがある契約とでは、ルールが違うということです。期間の定めがある場合は民法628条が適用され、契約期間の途中で辞めるには「やむを得ない事由」が必要とされます。自分の雇用形態がどちらなのか、雇用契約書で確認しておいてください。
2つ目は、「2週間で雇用契約が終わる」ということと、「欠勤扱いをどうするか」「貸与物をどう返すか」といった実務上のやり取りは、別の話だということです。法律上は辞められても、揉めないようにするには、ある程度の準備が必要になります。
なお、入社前に内定を辞退する場合も、内定の段階で労働契約は成立していると考えるのが一般的ですが、労働者の側からは、民法627条に沿って原則として2週間前までに伝えれば辞退できるとされています。個別の事情で不安があるときは、労働局の総合労働相談コーナーなどで確認してください。
退職代行は「採用で不利になる」のか:企業側のデータ
新卒や入社直後の人が最も気にするのは、「この先の転職活動で不利にならないか」という点だと思います。ここは、慎重に見ていく必要があります。
東京商工リサーチが2026年3〜4月に行った調査(有効回答6,425社)では、求職者が前職で退職代行を使っていたと分かった場合、「採用に慎重になる」と答えた企業が49.3%、「採用しない」が26.0%で、合わせて7割を超えました。「影響しない」は23.7%でした。同じ調査で、2024年1月以降に退職代行を使った退職者がいた企業は8.7%で、大企業では21.3%にのぼります。
同社が2025年6月に行った調査(有効回答6,653社)では、同じ質問で退職代行を使った退職者がいた企業は7.2%でした。この調査では、退職代行による退職があった企業に「その後の採用活動への影響」を聞いており、「影響はない」が74.0%で最も多い結果でした。ただし、これは「自社の採用活動に影響があったか」を聞いたもので、2026年の「利用歴がある人を採用するか」とは質問が違います。単純に比べて「企業の見方が急に厳しくなった」とは言えない点には注意が必要です。
一方で、2026年の調査では、弁護士や労働組合以外の退職代行業者から連絡があった場合、「非弁行為が含まれる可能性があるため取り合わない」と答えた企業が30.4%ありました。退職代行から連絡を受けた企業に、どんな内容を伝えられたかを聞いた質問では、退職の意思を伝えるだけでなく、残業代の請求や退職日の調整など、弁護士法に触れるおそれのある内容を通知されたという企業も3割ありました。退職代行そのものより、一部の業者の行き過ぎた対応が、企業の不信感を強めている構図が見えてきます。
業界の信頼を揺るがした事件
こうした企業の受け止め方の背景には、2025年から2026年にかけて大きく報じられた事件もあると考えられます。
2026年2月、警視庁は退職代行「モームリ」を運営する株式会社アルバトロスの当時の社長と、同社の幹部だった妻を、弁護士法違反の疑いで逮捕しました。報道によると、2023年6月から2025年2月にかけて、退職代行の依頼者174人を弁護士にあっせんし、1人あたり1万6,500円、合わせて約280万円の紹介料を受け取っていたとされています。
2026年8月28日、東京地裁は前社長に懲役2年・執行猶予3年、妻に懲役1年6月・執行猶予3年、法人に罰金200万円の有罪判決を言い渡しました。あっせんを受けた弁護士側も起訴されています。モームリは、2026年4月から新しい代表のもとでサービスの受付を再開しています。
ここで問題になったのは、報酬を得て依頼者を弁護士に紹介したことです。退職代行というサービスそのものが違法と判断されたわけではありません。ただ、「どの退職代行を使うか」が、以前よりも重く見られる時代になっていることは確かです。
新卒・入社直後に退職代行を使うなら、何を確認すればいいか
ここまでの数字を踏まえると、入社直後に退職代行を使うこと自体が悪いわけではありません。問題になりやすいのは、運営元がどこなのか分からないまま、価格や口コミだけで選んでしまうケースです。
退職の意思を伝えることと、未払いの残業代を請求したり有給消化を交渉したりすることは、法律上まったく別の行為です。後者は、弁護士資格を持たない業者が報酬を得て行うと、弁護士法に違反する「非弁行為」にあたるおそれがあります。
退職代行を検討するときに確認しておきたいのは、次の3点です。
- 運営しているのが弁護士か、労働組合か、それ以外の民間企業か
- 退職の意思を伝えるだけなのか、有給消化や未払い賃金の交渉まで行うのか
- 会社とのやり取りで揉めた場合、誰が責任を持って対応してくれるのか
民間企業が運営する退職代行がすべて悪いわけではありませんが、交渉が必要になりそうな事情(未払いの給与がある、会社が強く引き留めてきそうなど)があるなら、弁護士か労働組合が運営するサービスを選ぶ方が、後々のトラブルを避けやすいといえます。
入社してまだ数日しか経っていない場合は、有給休暇がまだ発生していないことが多く、やり取りはシンプルになりやすい一方で、会社側が「研修費用を返せ」「損害賠償を請求する」といった話を持ち出してくることもゼロではありません。そう言われると、新卒のうちは特に不安になりやすいと思いますが、慌てて自分の判断だけで応じず、一度立ち止まって専門家に相談してください。
どうしても一人で言い出せない時は
「辞めます」の一言が、どうしても言えない。入社して間もないからこそ、申し訳なさが先に立って、言葉が出てこないという人も多いのではないでしょうか。
そういうときに退職代行という選択肢があること自体は、恥ずかしいことでも、逃げでもありません。先ほどのマイナビの調査でも、退職代行を使う理由の多くは「引き留められそうだから」「自分から言い出せる環境ではないから」というものでした。言い出せない事情があるのは、あなただけではありません。
ただし、ここまで見てきたとおり、どの業者を選ぶかによって、その後の印象や、トラブルになったときの対応力が大きく変わってきます。選ぶ際は、運営元が弁護士か労働組合であることを確認してから検討してください。
関連記事:退職代行は「甘え」なのか
よくある不安・Q&A
Q. 入社して数日で辞めたら、経歴に傷がつきますか。
短い期間で辞めたことが、今後の転職活動でまったく影響しないとは言い切れません。ただ、退職理由をどう説明するか、その後どう動くかで、十分に挽回できるケースも多くあります。焦って結論を出さず、まずは信頼できる人や専門機関に相談してみてください。
Q. 研修費用や制服代を請求すると言われました。払わないといけませんか。
会社が請求できるかどうかは、契約の内容や請求の根拠によって判断が分かれます。労働基準法16条は、あらかじめ違約金や損害賠償の額を決めておく契約を禁じています。応じる前に、労働局の総合労働相談コーナーや弁護士に内容を確認してください。自分の判断で支払いを約束してしまう前に、一度立ち止まることが大切です。
Q. 有給休暇は使えますか。
年次有給休暇は、原則として入社から6か月間続けて勤務し、その間の出勤率が8割以上の場合に、10日が付与されます。入社直後はまだ付与されていないことが多いですが、会社によっては入社時に前倒しで付与している場合もあるので、就業規則を確認してみてください。
まとめ:数字を知れば、怖さは少し軽くなる
入社してすぐに「辞めたい」と感じることは、珍しいことでも、恥ずかしいことでもありません。多くの新卒が同じように悩み、実際に行動を起こしています。
一方で、企業の調査や2026年の判決が示すように、退職代行は運営元によって、その後の印象や安全性が大きく変わります。辞めること自体を怖がるより、どこに相談するかを慎重に選ぶことの方が、今のあなたにとって大切な一歩になるはずです。
もし今、心も体も限界に近いと感じているなら、無理に一人で結論を出さず、まずは信頼できる人や公的な相談窓口に話してみてください。辞める・辞めないを決めるのは、そのあとでも遅くありません。
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